前章までで、二つのことを見てきました。医療機器には、人体との接触によって生じうる生物学的なリスクがあること。そして、そのリスクを評価し、安全性を説明する生物学的評価は、規格から試験を選ぶ作業ではなく、評価を設計する営みであること。
評価は、試験の集合ではありません。一つの設計です。
では、その設計は、実際にはどの順で進むのでしょうか。この章では、評価プロジェクトの全体像を、時間の流れに沿って見ていきます。
評価は、試験から始まらない
「生物学的評価を進める」と聞くと、まず試験を実施する場面を思い浮かべるかもしれません。試験機関に依頼し、結果を受け取る。それが評価だ、と。
けれど、試験は、評価プロジェクトの中で必要に応じて登場する一工程にすぎません。
評価が最初にすることは、試験ではありません。手元にある情報 ―― 製品の使い方、接触する部位、接触する期間、材料、製造工程 ―― を整理し、既存の情報でどこまで説明できるかを、いったん評価することです。試験は、その評価の結果、足りないと分かった情報を埋めるために行われます。
順番が逆になると、後で手戻りが起きます。何を確認すべきかを決めないまま試験を先に走らせ、あとから製品の前提と噛み合わないと分かる ―― これは、避けられたはずのつまずきです。
評価は、三つの局面で進む
評価プロジェクトは、大きく三つの局面に分けられます。計画し、取得し、統合する。この順です。
計画の局面では、既存の情報を使って、いったん評価します。文献、過去のデータ、材料の情報。これらで説明できる範囲を見極め、逆に、説明しきれない部分 ―― 情報のギャップ ―― を洗い出します。何を、どこまで、どうやって確認するか。この方針を定めるのが、計画です。
取得の局面では、計画で見つけたギャップを埋めます。既存の情報では足りない部分について、化学分析や生体適合性試験によって、評価に必要な追加エビデンスを取得します。
統合の局面では、既存の情報と、新しく取得した情報を合わせて、全体を評価します。個々の試験結果を並べるのではなく、それらを一つの結論へと束ねる。ここで、生物学的評価としての結論が出ます。
注意したいのは、「評価」という行為が、最後の局面だけにあるのではない、ということです。計画の段階で、すでに評価は始まっています。既存の情報で一度評価するからこそ、何が足りないかが見える。そして最後に、足りなかった情報を補ったうえで、もう一度評価する。評価は、始まりと終わりの二度、現れます。
各局面には、成果物が対応する
三つの局面には、それぞれ対応する成果物があります。
計画の成果物が、BEP(Biological Evaluation Plan、生物学的評価計画)です。何を評価し、どのエビデンスをどこまで揃えるかを定めた、評価の設計図にあたります。
取得の成果物が、各試験・分析レポートです。化学分析のレポート、生体適合性試験のレポートなどが、ここで生まれます。
統合の局面で重要になる成果物が、TRAとBERです。TRA(Toxicological Risk Assessment、毒性学的リスク評価)は、化学分析の結果に焦点を当て、それを毒性学的に評価するもの。BER(Biological Evaluation Report、生物学的評価報告書)は、試験・分析・TRAを含むすべてのエビデンスを統合し、生物学的評価としての結論を示す、総括的な文書です。
つまり、評価プロジェクトは、BEPという設計図から始まり、BERという結論で終わります。その間に、情報を取得し、統合して評価する工程が挟まる。この全体像を、一枚の図にすると、次のようになります。
図を拡大して開く(別タブ)前の成果物が、次の前提になる
この図で最も大事なのは、四角い箱そのものではなく、箱と箱をつなぐ矢印です。
各成果物は、独立して存在するのではありません。前の工程の成果が、次の工程の前提を作ります。
BEPで定めた評価の方針が、どの試験をどんな条件で行うかを決めます。取得された化学分析の結果は、それだけでは意味を持たず、TRAで毒性学的に解釈されて初めて評価になります。そして、試験結果もTRAも、最終的にBERへと流れ込み、一つの結論に統合されます。
だから、どれか一つの成果物だけを取り出しても、評価は成立しません。試験レポートが揃っていても、それを束ねるBERがなければ、評価としての結論はありません。BERがあっても、その根拠となるBEPや試験が筋の通った形でつながっていなければ、結論は支えを失います。評価とは、これらの成果物が連なって、初めて一つの結論に至るプロセスです。
評価は、一度で終わらない
もう一つ、この流れには重要な性質があります。評価は、一度通過して終わりではありません。
製品は、開発の途中でも、市場に出た後でも、変わることがあります。材料が変更される。仕様が見直される。あるいは、新しい情報が現れる。こうした変化が起きたとき、評価の前提は動きます。
そのときに必要なのは、既存の評価を見直し、その変化を踏まえて、再びギャップを洗い出すことです。つまり、計画の局面へ戻る。図の下部に描いた反復のループは、これを表しています。
この考え方は、2025年に発行されたISO 10993-1の最新版で、いっそう明確になっています。生物学的評価をリスクマネジメントの中で捉えるという位置づけ自体は、以前からありました。最新版では、ISO 14971のリスクマネジメントの用語や考え方との整合が図られ、その関係性がより体系的に整理されています。
生物学的評価は、単発の試験選択ではなく、リスクマネジメントの中で継続的に見直される活動である。製品ライフサイクルを通じて、仕様変更、材料変更、新たな情報に応じて評価を見直す ―― この視点は、現在の生物学的評価を考えるうえで欠かせません。
この章で、持ち帰ってほしいこと
生物学的評価プロジェクトは、計画し、取得し、統合する、という一連の流れです。
各局面には成果物が対応します。計画にBEP、取得に各試験・分析レポート、統合にTRAとBER。これらはバラバラの作業でも、独立した提出書類でもありません。前の成果物が次の前提を作りながら、BEPに始まりBERに終わる、ひと続きのプロセスです。そして、製品が変われば、この流れは何度でも繰り返されます。
全体像が見えたところで、残るのは、それぞれの工程を一つずつ掘り下げていくことです。
BEPでは、何をどう決めるのか。化学分析は、リスクをどこまで説明できるのか。TRAは、その結果をどう安全性の判断へと変えるのか。BERは、すべてをどう統合するのか。
次章からは、この流れに沿って、一つずつ見ていきます。