本文へ移動
Melerdis Knowledge — Series 01

Series 01 · 生物学的評価をはじめから第6章

ケミカルキャラクタリゼーションとは? ― 化学分析を依頼する前に整理すること

公開:

著者:Melerdis Partners

前章の結びでは、足りない情報を埋める手段として、化学分析を挙げました。規格の言葉では、ケミカルキャラクタリゼーションです。化学分析は、その一部にあたります。

この言葉は、JIS T 0993-1では「化学的キャラクタリゼーション」、PMDAの審査ポイントでは「化学的特性評価」と書かれています。この連載では、ケミカルキャラクタリゼーションと呼びます。その中の分析の工程は、化学分析と呼びます。

生物学的評価は、試験を選ぶことではありません。リスクに基づいて評価を設計し、既存の情報、化学分析、試験といった複数のエビデンスを束ねて、一つの結論を出すことです。ケミカルキャラクタリゼーションは、そのうち、製品から人体にさらされうる化学物質を明らかにするエビデンスです。

この章では、その中身を、分析の前と、分析に分けて見ていきます。

ケミカルキャラクタリゼーションは、分析のことだと思われがち

抽出物(extractables)や溶出物(leachables)の分析を依頼する。報告書が届く。化学物質の一覧が並んでいる。ケミカルキャラクタリゼーションは、これで済んだ、と見られがちです。

けれど、ISO 10993-18が示す流れは、二つに分けて読めます。既存の情報を集めて、リスクを評価する根拠として足りているかを確かめる。足りなければ、分析で新たな情報を得る。化学分析は、後者にあたります。

各段階で確かめるのは、得られた情報が、リスクアセスメントの根拠として十分かどうかです。第5章で見た、情報の十分性の判断が、ここでも回っています。

分析の前に、分かっていることと分からないことを整理する

分析の前にすることは、三つあります。

一つめは、製品の構成と、材料の組成の整理です。どの材料が、どれだけ使われ、体にどう触れるのか。材料ごとに、商品名や規格番号、供給元、配合の開示、分析証明書、技術データシート、安全データシートといった情報を集めます。製造や滅菌が材料に与える影響も考えます。どこまで詳しく集めるかは、リスクに応じて変わります。長期接触の機器は一時的接触の機器より、埋植する機器は表面に触れる機器より、詳しい情報が求められます。

二つめは、臨床で実績のある製品や材料との同等性です。同等と示せれば、ここでケミカルキャラクタリゼーションは完了します。

三つめは、ワーストケースの評価です。製品のすべての成分が体にさらされたと仮定します。製品の大きさや、同時に使う数も考えて、その量が許容できるかを、毒性学的に評価します。許容できれば、ここで完了します。

この整理だけで終わる場合もあります。規格は、広く使われ、臨床での使用実績が長く、同じ方法で製造される材料でできた、曝露のリスクが低い機器(健常な皮膚に触れるものなど)では、分析も毒性リスク評価も要らない場合がある、としています。

ただし、理論上の組成だけでは足りないこともあります。製造中の意図しない混入物や、分解生成物がありそうなときです。

分析前の情報は、集めにくい ― だから、多くの場合は分析で補う

分析の前の整理は、実際には、思うように進みません。

供給元が、配合を開示しないことがあります。加工助剤や添加剤の情報が、多段の供給網に分散していて、メーカーが把握しきれないこともあります。規格も、組成は原材料の供給元から、離型剤のような加工助剤は、成形業者や部品の供給元など、製造の連鎖の各所から得るものとしています。情報は、はじめから一か所にはありません。

組成の情報がそろっていても、足りないことがあります。意図しない混入物や分解生成物は、組成の情報からは見えないからです。

規格は、供給元の情報が足りなければ、化学分析で得るものとしています。供給元から情報が得られなくても、生物学的評価が止まるわけではありません。ただし、毒性学的なハザードが特定されたときは、リスクアセスメントを妨げる情報のギャップを、埋めるか、何らかの形で対処する必要があります。

だから、実務では、分析で補うことが多くなります。

分析の対象は、二つある

「分析で補う」と言っても、対象は二つに分かれます。

一つめは、材料そのものです。何でできているかを調べます。ポリマーの種類や構造にはFTIRやNMR、金属の組成にはXRFなどを使います。ISO 10993-18にも、材料の構造や組成を評価する方法の例が挙がっています。

二つめは、抽出物と溶出物です。製品から何が出うるかを調べます。抽出物は、実験室の抽出条件で、臨床で放出されうる物質を推定したもの。溶出物は、臨床使用中に実際に放出される物質です。臨床の条件を再現するのは難しいため、溶出物そのものを測るかわりに、使用を模した抽出で代えることも多くあります。分析手法は、一般にクロマトグラフィーと質量分析が中心です。

体にさらされるのは、材料に含まれる物質のうち、出てきたものです。だから、ケミカルキャラクタリゼーションの中心は、二つめになります。ただし、材料が何かが分からなければ、何が出うるかの見当がつかないだけでなく、どの分析手法が適切かも決められません。一つめは、二つめの前提です。

多くのケースでは、メーカーは自社の材料を知っています。それでも、供給元が配合を開示しない、供給網の途中で材料が変わっているといったときは、材料そのものを分析して確かめます。

分析前の整理が、分析の設計を決める

分析で補うからといって、分析前の整理が要らなくなるわけではありません。整理した前提の上でしか、分析は設計できません。

たとえば、原材料に、TTC(毒性学的懸念の閾値)が使えない物質群が含まれているか。TTCを使って閾値を決めるつもりなら、事前に把握しておくことが重要だと、規格は述べています。

接触の期間によって、抽出の方法が変わります。規格は、接触が一時的な機器には実際の使用を模した条件を、それより長く接触する機器には網羅的な抽出(徹底抽出)を推奨しています。代わりに選べる条件もあり、選んだ条件は、文書化して正当化します。

臨床での使い方によって、閾値が変わります。分析評価閾値(AET)は、毒性学的な閾値から、濃度の閾値へ換算して決めます。その計算には、臨床での使用の頻度や、一日に使う機器の数が入ります。

材料と工程によって、調べる物質群が変わります。揮発性や半揮発性の有機物、不揮発性の有機物、無機元素。物質群ごとに、使う分析手法が違います。

分析の中身は、こうして決まります。まず、実験室の条件で製品から抽出して、臨床で出うる物質を推定します。これが、抽出物の評価です。抽出の目的は、溶出物と同等以上に網羅的な抽出物の一覧を得ることです。やや過大に見積もれば、その分が、毒性リスク評価の不確かさの余裕になります。過大な見積もりでは安全性を示せないときは、より現実に近い推定が必要になります。実際の使用条件で出る物質を測る。これが、溶出物の評価です。

分析が説明できること、できないこと

分析が示すのは、何が存在し、どれだけ出うるか、です。この情報は、毒性リスク評価の入力になります。

しかし、分析だけで、安全性は決まりません。理由は三つあります。

一つめは、存在することと、危害が生じることは、別だからです。ISO 10993-1:2025は、生物学的ハザードが存在しても、必ずしも危害に至るわけではない、としています。危害に至るかは、危険状態が存在するかで決まります。たとえば、分解しない材料の中に封じ込められた添加剤は、放出されなければ、体にさらされません。

二つめは、結果が、分析の設計で変わるからです。抽出の条件や、閾値の決め方が変われば、見える物質が変わります。

三つめは、すべての物質が見えるわけではないからです。PMDAの審査ポイントも、抽出した検体を分析装置にかけるだけで、すべての物質を同定・定量することはできない、と述べています。かといって、微量の物質をやみくもにすべて追うことも、現在の分析化学では難しいとされています。そこで、毒性学的な閾値からAETを決め、それを超えるものに絞って、同定・定量します。

ISO 10993-18も、ケミカルキャラクタリゼーションだけでは、生体適合性を確立するには不十分で、生物学的試験を単独で代えることはできない、としています。ただし、リスクアセスメントと組み合わせて適切に行えば、一部の生物学的試験に代えられるとも書いています。たとえば、全身毒性、遺伝毒性、発がん性は、化学の情報をもとにした毒性リスク評価で扱える場合があります。

分析は、安全性の証明ではありません。リスクを評価するための、入力です。

現場では、こう起きる

ある製品で、化学分析を依頼します。分析会社から、臨床で同時に使う機器の最大数を聞かれました。しかし、社内で整理できていませんでした。

分析会社は、仮の数量を置いて閾値を決め、分析を進めます。

結果が返ってきてから、毒性学者が確認します。「実際には、複数の機器を同時に使う場面がある。この数量では、閾値が合わない」。

閾値を設定し直すと、より低い濃度まで調べる必要があると分かります。定量できる下限が足りなければ、再分析です。

臨床での使い方、同時に使う数、接触の期間。分析の前に整理しておくはずだった情報が、分析の設計を決めていました。BEPで整理する、使い方と接触の前提は、そのまま、分析の前提になります。

この章で、持ち帰ってほしいこと

ケミカルキャラクタリゼーションは、分析のことではありません。分析の前に、何が分かっていて、何が分からないかを整理する。足りない部分を、分析で補う。そして、その整理が、分析で何を調べるかを決めます。

分析の結果は、安全性の証明ではなく、リスクを評価するための入力です。

分析で説明しきれない部分を補うのが、生体適合性試験です。次章で扱います。そして、分析の結果を、安全性の判断に変えるのが、毒性リスク評価です。第8章で扱います。