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Melerdis Knowledge — Series 01

Series 01 · 生物学的評価をはじめから第8章

毒性リスク評価(TRA)の考え方 ― 検出された物質は、それだけで危険とは言えない

公開:

著者:Melerdis Partners

前章の結びで、問いを一つ残しました。化学分析で得た物質の一覧は、どのようにして安全性の判断に変わるのか。この章では、その答えにあたる毒性リスク評価(Toxicological Risk Assessment、TRA)を扱います。

TRAを定めているのは、ISO 10993-17です。第3章で見たように、評価プロジェクトの中では、取得した情報を統合する局面に置かれる成果物です。

物質が見つかれば、危険を疑う、と思われがち

分析の報告書には、物質の一覧が並びます。名前を調べると、毒性の情報が出てくる物質もあります。発がん性の分類を持つものもあるかもしれません。一覧を前にすると、一つずつ危険かどうかを判定したくなります。

けれど、ISO 10993-17の定義では、TRAは、ある構成成分への曝露量が、健康への無視できない害を起こしうるかどうかを判断することです。判断の対象は、物質ではなく、量です。

毒性は、物質の性質です。しかし、害が生じるかどうかは、どれだけの量が、どの経路で、どれだけの期間、誰の体にさらされるかで決まります。第6章で見たとおり、存在することと、危害が生じることは別です。その間を埋める判断が、TRAです。

TRAの入力は、分析結果だけではない

TRAに使えるのは、化学分析のデータだけではありません。ISO 10993-17は、組成の情報も、分析のデータも、TRAの対象としています。第6章で見た、すべての成分が体にさらされたと仮定するワーストケースの評価も、組成の情報を使ったTRAの一つの形です。

もう一つ、欠かせない入力があります。製品の使われ方です。TRAに必要な情報として、規格は、構成成分の同定と量に加え、製品の説明と使用目的を挙げています。対象となる患者、接触の経路、期間、頻度。そこから、ワーストケースの使用シナリオを決めます。

この情報を持っているのは、メーカー自身です。毒性学者は、物質の毒性は調べられても、製品がどう使われるかまでは知りません。そのため、TRAを行う人には、毒性学に加えて、臨床での使われ方、材料、製造工程、曝露量の推定についての知識が求められます。規格はそのうえで、製造、臨床、材料、分析化学、毒性学の専門家が協働することを想定しています。

判断の骨格は、二つの量の比較

TRAの判断は、二つの量を比べる形をとります。

一つは、許容できる量です。全身への影響については、体重あたり、一日にさらされても害が生じないと考えられる量を、耐容摂取量(TI)として求めます。刺激性については、接触する組織の面積あたりの量で、耐容接触レベル(TCL)を求めます。出発点は、どちらも、動物試験などで害が見られなかった量や、最小の害が見られた量です。そこから、動物と人の違い、人の個体差、試験期間の違いといった不確かさを、係数で割り引きます。

もう一つは、実際にさらされる量で、ワーストケースの推定曝露量(EEDmax)と呼びます。平均ではなく、想定する使い方の中で最大となる、一日あたりの量です。見積もりには、一人がさらされうる最大の数の機器と、さらされうる人の最も軽い体重を使います。

この二つの比が、安全マージン(MoS)です。許容できる量を、推定曝露量で割ります。MoSが1を超えれば、推定曝露量は許容できる量を下回っていることになります。

ただし、受け入れの基準は、MoSが1を超えることだけではありません。MoSを構成する値が保守的であると示されていることも、条件です。

すべての物質を、詳しく調べるわけではない

一覧に並ぶすべての物質について、文献を集め、許容量を求めるのは現実的ではありません。ISO 10993-17自体も、必要最小限の情報で、害を起こす量にさらされうるかを判断するときに、評価は最も効率的で効果的になる、という原則に立っています。

そこで、先にふるいにかける方法があります。

一つは、害が使用目的に関係しない場合です。たとえば、分子量が500 Daを超える物質が健常な皮膚に触れるだけなら、体に吸収されにくく、毒性学的なリスクは無視できるとされます。

もう一つは、量が十分に少ない場合です。そのための目安が、TSL(Toxicological Screening Limit)です。ある物質について、一人がさらされうる総量が120 µgを下回れば、詳しい評価をしなくても、全身への影響のリスクは無視できると判断できます。長期に接触する機器では、総量が120 µgを超えても600 µgを下回れば、長期の曝露については無視できると判断できます。ただし、その場合も、短期の曝露については別に評価が要ります。

TSLには、使えない場合が決まっています。同定できていない物質、刺激性、TTCが使えない物質群、そして生後6か月以下の乳児や新生児に長期に使う機器です。また、量が少なくても、ごく少量で作用する物質であれば、MoSを計算します。2026年10月のTown Hallでも、FDAは、120 µgという量だけで自動的に判断を終えるものではない、と説明しています。

TSLは、第6章で見たAETの代わりにもなりません。AETは、分析でどこまで調べるかを決める閾値です。一方のTSLは、見つかった物質の量を判断する閾値です。

毒性の情報が足りず、許容量を求められない物質もあります。その場合に使うのが、TTC(毒性学的懸念の閾値)です。物質の種類に応じて、害が懸念されない曝露の水準を当てはめる方法で、ISO/TS 21726が定めています。TTCにも、使えない物質群があります。

例:同じ物質、同じ量でも、答えは変わる

ある物質が、一つの機器から30 µg抽出されたとします。物質は同定できていて、TTCが使えない物質群にも当たらないとします。

成人に一度だけ使う機器なら、総量はTSLの120 µgを下回ります。全身への影響のリスクは、無視できると判断できます。

では、同じ機器を、毎日新しいものに交換しながら10日間使う場合はどうでしょうか。一人がさらされうる総量は300 µgになり、TSLを超えます。許容量を求め、MoSを計算する必要があります。

生後6か月以下の乳児に長期に使う機器なら、TSLそのものが使えません。

物質も、抽出された量も同じです。変わったのは、使われ方だけです。

数字は、前提で動く

MoSは、割り算の結果です。分子も分母も、前提の置き方で変わります。計算が正しくても、判断が正しいとは限りません。

同じTown Hallで、FDAは、審査でよく見られる問題を挙げました。その中には、曝露量の見積もり方に関するものがいくつかあります。

週に3回使う機器について、24時間の抽出で得た量に3/7を掛けて、一日量とする。曝露を生涯の平均に均して、一日量を小さく見せる。長期に接触する機器を50 ℃で72時間抽出し、その量を366日で割る。最後の例について、FDAは、この抽出は長期の累積の曝露を代表する網羅的な抽出ではなく、規格に沿わない、と説明しています。

いずれも、計算としては成り立っています。しかし、規格が求めているのは平均の量ではなく、ワーストケースの一日の量です。均した数字は、実際の使われ方の中で起こりうる最大の曝露を、隠してしまいます。

許容量の側でも、同じことが起きます。急性毒性の試験から得た値を、長期の許容量にも使う。医療機器以外の用途で決められた閾値を、そのまま使う。こうした閾値は、機器の接触部位、使用頻度、患者の感受性を踏まえて決められたとは限りません。FDAは、元の試験に立ち返ることを求めました。

一方で、FDAはこうも回答しています。MoSが1を超え、曝露量の見積もりが十分に保守的で、閾値が十分に保護的であれば、通常は追加の情報を求めない。裏を返せば、根拠の弱い数字で1を超えているだけなら、追加の情報を求められうるということです。

これらはFDAの説明であり、日本の審査で同じ扱いになるとは限りません。それでも、考え方は共通です。TRAの結論を支えているのは、MoSの値ではなく、その値を作った前提です。

MoSが1を下回っても、終わりではない

MoSが1を下回ったら、製品は使えない。そう考えたくなりますが、規格の位置づけは違います。この場合は、リスクをさらに分析、評価、管理する段階に進みます。

まず確かめるのは、その物質がどこから来たのか、使用期間を通じて本当にその量にさらされうるのか、です。推定曝露量を、より現実に近い見積もりに精緻化することもあります。第6章で見た、抽出物(extractables)から溶出物(leachables)への移行も、その一つです。害が生じる量についての情報を追加することもあります。それでも残るリスクは、設計、材料、工程、使用の制限によって低減します。低減が現実的でなければ、製品のベネフィットがリスクを上回ることを示します。

発がん性が確認された、または疑われる物質は、別に扱います。生涯のがんのリスクが10万分の1を超える場合には、リスクをさらに扱う必要があります。

反対向きの判断にも、注意が要ります。MoSが1を超えていても、前提が保守的であると示せなければ、やはりさらに評価する対象になります。

TRAで扱えないもの

TRAで評価するのは、化学物質による影響のうち、主に刺激性、全身毒性、遺伝毒性、発がん性、生殖発生毒性です。感作性のような他の影響をTRAで扱うには、十分なデータに基づく正当化が必要です。機器の形や表面、力による物理的な作用は、対象外です。

TRAの基準を満たしたとしても、それは、その物質とその影響についての判断にすぎません。機器の生物学的リスクのすべてが受け入れられることを意味しない、と規格は明記しています。

同定できない物質もあります。物質の同定が十分にできず、ワーストケースの曝露量も推定できない場合には、生物学的試験が必要になることがあります。

ここで、第7章とつながります。第7章では、放出される成分の毒性プロファイルが既知で受容できるなら、in vivoの生体適合性試験は正当化できない、という規格の考え方を見ました。その判断をするのが、TRAです。TRAは、すべての試験が終わったあとに書く書類ではありません。どの影響を化学の情報で説明でき、どの影響に試験が要るのかを見極める段階でも、働きます。

この章で、持ち帰ってほしいこと

TRAは、検出された物質が危険かどうかを判定する作業ではありません。この使われ方で、この量なら、害が生じないと言えるかを判断するものです。

判断は、許容できる量と、ワーストケースの曝露量の比較で行います。しかし、結論を支えているのは、MoSの数値ではなく、数値を作った前提です。使われ方の前提はメーカーにしか書けず、毒性の前提は毒性学者にしか置けません。TRAは、その二つが出会う場所です。

そして、TRAは一つの物質、一つの影響についての判断です。TRAで説明できない部分は、試験やほかの情報で補います。

既存の情報、化学分析、試験、TRA。これらを一つの結論にまとめるのが、BERです。次章で扱います。