前章の結びで、既存の情報、化学分析、試験、毒性リスク評価を一つの結論にまとめるのがBERだと書きました。この章では、その最後の文書を扱います。
BER(Biological Evaluation Report、生物学的評価報告書)は、第3章で見た三つの局面のうち、統合の最終的な成果物です。第4章で見たBEPが評価の出発点なら、BERはその到達点にあたります。
すべて合格と書けば終わり、と思われがち
評価の終盤には、報告書が集まってきます。細胞毒性、感作性、刺激性の試験報告書。化学分析の報告書。毒性リスク評価の報告書。どれも基準を満たしていれば、一覧にして「すべて合格のため、生物学的安全性に問題はない」と書きたくなります。
けれど、ISO 10993-1:2025は、生物学的安全性を、個々の生物学的影響の結果ではなく、入手できるすべてのデータの評価に基づいて判断するものとしています。
結論は、合格の数を数えて出すものではありません。集めた情報を、一つの判断に統合して出すものです。BERは、その統合を書き残す文書です。
BERは、BEPへの答えである
規格は、BEPに従ってすべての情報を得て、必要なリスクコントロールを実施し、その検証を終えたあとに、所見と結論をBERに記録することを求めています。BERは、BEPと対になる文書です。
第4章では、BEPを三つの問いで整理しました。BERは、その問いに答える文書です。
何が起こりうるのか。BERは、該当する生物学的影響のそれぞれを、どう扱ったかで答えます。
何をもって十分とするのか。BEPで決めた受入基準に照らした、評価の結果で答えます。
どうやって結論まで運ぶのか。計画どおりに進んだか、データをどう読んだか、試験をなぜ選び、なぜ選ばなかったかで答えます。
そのうえで、残ったリスクと、全体の結論を書きます。
基準が先に決まっていなければ、結果が十分かどうかは判断できません。良いBERは、良いBEPからしか生まれません。
試験を行わなかった理由も、結論の一部
BERに書くのは、行ったことだけではありません。
規格は、試験を選んだ理由と並べて、試験を行わなかった理由も、BERに記録することを求めています。第7章で見たように、評価すべき影響は、試験だけで扱うものではありません。既存の情報、ケミカルキャラクタリゼーション、毒性リスク評価で説明できるなら、試験は要りません。
BEPやギャップ分析に残した判断根拠をBERに記載または参照し、最終的な結論とのつながりを示します。理由が書かれていなければ、読む側には、検討したうえで不要と判断したのか、見落としたのかの区別がつきません。
例:すべて合格でも、結論が書けない
粘膜に、数日から数週間触れる機器を考えます。手元には、細胞毒性、感作性、刺激性の試験報告書がそろっていて、どれも基準を満たしているとします。
ISO 10993-1:2025の表では、粘膜に24時間を超えて30日以内触れる機器について、この三つに加えて、全身毒性、組織接触後の局所作用、遺伝毒性も、評価すべき影響に挙がっています。表は試験のチェックリストではない、と規格は脚注で断っています。これらは、試験以外の方法で扱えることもあります。
このBERに、三つの試験報告書と「すべて合格」しか書かれていなかったら、どうでしょうか。残りの影響は、ケミカルキャラクタリゼーションと毒性リスク評価で説明されているのかもしれません。材料や使用実績から、根拠をもって説明できるのかもしれません。しかし、BERに書かれていなければ、示されていないのと同じです。
報告書がすべて合格であることと、評価が完了していることは、別のことです。評価の完了を示すのは、該当する影響のすべてについて、どう扱ったかが説明されていることです。
報告書を集めることと、読むことは違う
統合には、もう一つの面があります。集めた情報を、読むことです。
規格は、試験の計画書、報告書、元データを、独立して分析できる程度に完全な形で保持し、力量のある専門家が評価することを求めています。既存のデータについても、情報源が不完全だったり、得られる情報が少なかったりする場合には、その質と関連性を正当化して記録します。BERに求められるのは、データの解釈と評価です。報告書を添付することではありません。
第7章では、同じ細胞毒性の結果でも、材料と用途によって意味が変わる例を見ました。一つの結果の意味は、ほかの情報と並べてはじめて決まります。試験の結果を、ケミカルキャラクタリゼーションの結果、毒性リスク評価、そして使われ方と照らし合わせる。それが、統合です。
不確かさも、隠さずに扱います。規格は、リスクの分析に伴う不確かさを考慮することを求め、データの限界によって不確かさが大きい場合には、合理的なワーストケースの仮定に基づいてリスクを推定できる、としています。どこに不確かさが残り、それをどう扱ったか。それも、結論の根拠の一部です。
基準を満たさなかったとき
すべてのリスクが、最初から基準を満たすとは限りません。その場合は、リスクの推定を精緻化し、それでも足りなければリスクコントロールを行い、もう一度評価します。考え方は、第8章で見た、MoSが1を下回ったときと同じです。最後まで残るリスクは、ISO 14971に従って、ベネフィットと比較します。
BERには、この過程も記録します。残った重要なリスクは、付属文書で使う人に伝えます。BERの結論は、「問題はない」と言い切ることだけではありません。何が残り、それをどう扱ったかを示すことも、結論です。
誰が書くのか
規格は、BERを、力量のある人が作成することを求めています。執筆の責任者と寄稿者を例に挙げ、その力量の証拠も記録するとしています。
BERは、一人の専門性では書けません。試験の結果を読むには生物学の知識が、化学分析の結果を読むには分析化学の知識が、曝露と毒性を判断するには毒性学の知識が要ります。そして、使われ方と製造工程を知っているのは、メーカー自身です。第2章で見た、複数の専門領域を一つに束ねる作業。その束ね方が最もはっきり表れる文書が、BERです。
BERも、終わりではない
規格は、生物学的評価を、製品のライフサイクル全体で行うものとしています。BERを書いたあとも、製造と市販後の情報を集め、必要に応じて評価を見直します。
見直しのきっかけも、規格に挙がっています。材料の仕様や調達先、加工、包装、滅菌、保管の条件、使用目的が変わったとき。そして、市販後の情報が、これまで想定していなかったハザードを示したときです。
第1章で、材料を変えたとき、性能は確かめ直しても、体への影響の確かめ直しは見落とされがちだと書きました。規格は、それを見直しの条件として明記しています。
見直しの結果も、記録に残します。追加の評価や試験を行う場合だけでなく、行わない場合や範囲を限る場合も、その根拠を書きます。ここでも、行わなかった理由が、結論の一部になります。
この章で、持ち帰ってほしいこと
BERは、試験結果の束ではありません。BEPで立てた問いに、どう答えたかを示す文書です。
該当する影響のそれぞれを、どう扱ったか。試験を行った理由と、行わなかった理由。データをどう読み、どこに不確かさが残ったか。そして、残ったリスクと、全体としての結論。結論は、合格の数ではなく、すべての情報を統合した判断から出てきます。
連載の終わりに
この連載は、第1章で、医療機器の安全性は正しく動くことだけでは語れない、というところから始めました。人体と接触することで生じうる生物学的なリスクを評価し、安全性を説明する営み。それが、生物学的評価でした。
BERは、その説明を書き上げた文書です。
第2章では、生物学的評価は、試験を選ぶことではなく、評価を設計することだと書きました。BEPで問いを立て、ギャップ分析で足りないものを見極め、ケミカルキャラクタリゼーションと試験で情報を補い、毒性リスク評価で量と使われ方から判断する。そのすべてを、BERで一つの結論にまとめます。
設計の良し悪しは、最後のBERに表れます。そして、BERで何を説明できるかは、BEPで何を問うたかで決まります。評価は、試験から始まるのではありません。問いから始まります。